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「ちょっとだけ人より長い・・・・夏休み!」-6章- [闘病記]

-放射線照射と再入院生活-

放射線医師によると、通常2ヶ月ほどをかけて行う治療(通院:約30放射)を「休みが取れない」と言うオストドの希望を聞き入れてくれて、半分の15放射で治療を行ってくれると言う。但し、その被爆量は1回に浴びることの出来る?最大被爆量にほぼ近い数値らしい。つまり、副作用は強いとのこと。「最初の1週間ほどは厳しいですよ」と告げられた。再入院日は9/1。手術から数えて16日目。メストド1号からアメリカンファミリー生命から、入金があった旨を聞く。診断給付金100万円x3口で300万円の入金があったとのこと。担当者と電話で話した内容を聞くと、本人に告知がされてない場合(結構多いらしい)には、その配偶者や親との文書のやりとりに個人名を使うそうだ。だが、私の場合にはA医師から「保険会社の診断書持っておいで」で悟ってしまったし、生きる為に戦う覚悟は出来ていたので、そんなやりとりを聞いて、「ふ~ん。なるほど。」と感心した。JR新宿駅から病院へ向かう途中、まだ時間があるので喫茶店で一休みしながら、「髪の毛が抜けたらどうする?」と話し合う。メストド1号はカツラを買ってくれると言うが、私はそんなものかぶりたくもないので、「全部剃って、在宅出家する」と宣言。すると、「アンタがお坊さん?なんか色ぼけ坊主か血なまぐさい坊主にしかなれないと思うんだけど・・・」と失礼なことを言う。時間になったので泌尿器科の診察に向かう。またもや、科長である医師の診察を受け、担当医をあてがわれる。その担当医はあの先日の「慈恵医大青戸病院のM医師」。今思えばこの病院でこの医師に手術を受けずに済んだのは、神の思し召しに違いない。-感謝ーこの医師は面白くないみたいだ。なにせ、政治家や金持ちでも、何でもない「どこかの馬の骨」をVIP待遇する科長。さらに、他の医師による手術を行われた「馬の骨」の健康管理だけがその職務なのだから・・・病棟勤務のナース(主任)が診察室に迎えに来るので「待つよう」告げられる。私が当てが割られた病室は、医局に近くトイレの前にある二人部屋。もちろん1人で使う。洗面台とベットが二つ。TV付(但し有料)まあソファーがあれば言うこともないのだが、まあ贅沢を言えばきりがない。案内してきたナースより体温計(買取品)と食事アンケート・病院内の規則書などが渡される。「オストドさんが入院されると聞いて、看護の教科書を読み返したのですけど、セミノーマの看護はどうすればと書かれていないので、どうすればいいですか?」と聞かれる。「病人だったけど今は半怪我人。まだ多少リンパ液が漏れるのでそのケアーを頼みます。」と告げる。患者にどうケアーすればいいのか聞くナース。う~ん。まあ、ほっといて頂いて・・・・・。添い寝は大歓迎だけど・・・。(ボカッ!)この病院は食事の好き嫌いが出来るらしい。早速、チキン・ポークは外してもらい牛乳もいらない。ただ「吐き気及び嘔吐」が予想されるので、毎食デザート付。(大体、予想される吐き気、嘔吐は夕食時間に掛るらしい。)この部屋のもう一つのお薦めは病院裏手の看護学校の寮が丸見えのこと。入院生活一週間後には夕食終了時から就寝時まで訪問客(入院患者・男性)が溢れかえっていたのは言うまでもない・・・・・・・。午後1時頃になるとナースステーションからお呼出が掛る。つまり、「楽しい?放射線科治療」のお呼出である。ナースステーションに立ち寄り、診察券を貰い地下1階まで移動する。放射線科科長と共に治療室へ行く。この治療室は付近への放射線被爆が無いようにとの配慮からか、重い扉をスイッチで開閉しながらグルグル回りながら進んでいく。まるでカタツムリの貝殻のようである。放射線は真っ直ぐにしか進めないのでこのような構造になっていると言う。薄暗い治療室に入り、「ガウン」に着替える。但し、下着はつけてはいけない。放射線台によじ登ると右足付け根、下腹部、みぞおちあたりにマーキング(油性マジック)される。このマーキングにあわせて、数十秒づつ3回放射を受けるわけだ。わずか、1~2分間の治療でお終い。何の痛みも伴わない。しかし、その数時間後にはトイレの個室で、嘔吐し続ける自分があるとは夢にも思わない・・・・・・。

オストドはヘビースモーカーであり、空飛ぶ食欲魔人でもある。朝6時の検温の時間には病室にはおらず、喫煙ルームで談笑&スモーキングタイム。おかげで、「申し送り」で朝5時にたたき起こされ「検温&体重測定」になってしまったが・・・・。入院生活も1週間を過ぎると退屈である。昼間は窓の外を見ても何もない。病院内の探検も飽きてしまったし、・・・・・。と言うわけで、同病相哀れむのかガン患者&糖尿病患者の集団でスモーキングルームに籠もる日々は続く。部屋にいるのは、見舞い客が来た時か、寝る時そして食事の時間くらい。その際に夜の眺望?の素晴らしさを力説したせいか?どうかは知らないが、オストドの部屋は「夜間集会場」になってしまったのである。因みにある骨折患者などは双眼鏡をパジャマの下に隠し持ち、松葉杖をついてやってきていたが・・・・・。


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