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悪魔との契約 -何が少年を変えたのか?- [小説]

― プロローグ -

国鉄、今のJRのホームの端。一人の少年がベンチに腰かけ、ただ何をするわけでもなく、入線しては出てゆく。
そんな電車を眺めていた。その彼をじっと物陰に隠れながら見つめる。一人の男性がいた。
彼の職業は、某私立の小学校の教師であり、ベンチにただ座っている少年を見つめ続けていた。
少年を担当する様になって、3年目。因みにこの男性教師が、大学を卒業して着任した際、一番最初に遇い、一番最初に話をした生徒だった。
少年の学校は1年から6年まで各学年1クラスだったのだが、少年が3年生になると、入校希望者が増え続け、
2クラス制になった。教師である彼は駅に向かう少年の帰りがけの挨拶に微妙なものを感じていたのだ。
いつもの少年なら、他の生徒と同じ様に「先生。さようなら!また明日ね!」と言って帰ってゆくのだが、この日の少年は明らかに違っていたのだ。「先生!さようなら」そう言い、深々と頭を下げて、校門から出て行った。
「寄り道しないで帰るんだぞ!宿題忘れるなよ!」
そう言いながらも、男性教師の胸の中には、モヤモヤが消えなかった。「おかしい!何かある・・いや、かもしれないが・・・・」何本ものバスをバス停に佇む少年は見送っていた。
「やはり・・おかしい。」男性教師はそう確信すると,同僚でもある別の教師に車を出してもらい、駅に先廻りした。
勿論、少年の行動を見張る様に同じく校門に居た別の教師に依頼してからだった。
少年は学校を出て、眼の前の信号を渡り、駅へ行くバスに乗り、国鉄に乗り換え3駅先で降り、徒歩で15分ほどで帰るのだ。男性教師は同僚の運転する車に乗り込み、生徒たちが“閻魔帳”と恐れる黒い大版の手帳を開いてため息をひとつ吐きだした。
「どうしました?」
「いや・・・ちょっと・・・」
そう言いながらも、1年生を担当した老いた女性教諭からの申し送り文章から、丹念に読みだした。
「1年の時はやんちゃ坊主だったんだよな・・・落ち着きがないけど、正義感は人一倍か・・・・」
「何があったんですかねえ~」
「多分、変わったとすれば・・・」
ここで男性教師は言葉を途絶えさせた。自分があいつと同じ立場だったらどうだったんだろう。そう考え始めていた。男性教師は、ふと窓を流れゆく景色を眺めながら、遠い記憶を引っ張り出していた。
四国・徳島に生まれ、裕福とは言えないけど、それなりの広々とした家に育ち、吉野川を毎日眺め、遊んだ日々。大学を卒業して上京して、憧れだった小学校の教師になったのだ。
「どうかなさいました?」
「いいえ・・そうだ!先輩としてお伺いしますけど・・・多感期の子供って扱い難しいですよね?」
「そうですなぁ~確かに難しいですね!例の生徒ですか?」
「ええ。最近変なんですよ。わざと友達を避ける様になってきたり、意味もなく喧嘩を仕掛けたり・・・」
「前からもそんな兆候がありましたか?」
「そうですねえ~黒板消しを仕掛けたりされましたけどね。明るくていい子だったんです。ちょっといたずら好きで、それがここ数か月。変だったんで・・・・まさかとは思いたいんですけど・・・」
「まさかって・・・」
「ええ!多分そのまさかです。つい先日でした。他の親御さんたちが話しているのを聞きまして・・・」
「どんな?」
「片親の子と一緒の班にしないでくれとか・・・遊ばせないでくれとか・・・」
同僚である男性教師は信号待ちの間。真剣に悩んでいた。
「それっておかしいですよね!」
「でしょう。あの子だって好きで片親になったわけじゃないんです。大人の都合ですよ・・・」
駅のローターリーへ入る直前で車は停まった。
「ありがとうございました。この件は内密に・・・」
「解ってます。どか見守ってやってくださいね!」
「ええ・・・」
男性教師は同僚である先生にお礼を述べると、車から降りた。
「長い日になりそうだな・・・・」とポツンと呟いた。
しばらくすると、少年を乗せたバスが終点である駅の構内に滑り込むかの様に入ってきた。
少年が乗るいや・・生徒たちが乗るバスは、整理券を取り、降りる際にバスの運転手にお金を払うか、定期券を見せるか、回数券で料金を払うシステムになっている。
「そういえば・・あの子がバスから落ちて問題になったんだったよな!」
少年が2年生の時だった。その当時学校行きのバスがあったのだ。あまりに利用者である生徒が大多数のため、一般客と生徒を分けるためにバスを専用で運行していたのだ。少年の通う学校は、女子校の付属だったため、男子の生徒は幼稚園を含めても、小学校と合わせて、300名足らず。その何十倍もの女子生徒たちに混ざって通学していたのだ。
「まあ、あれは不運と言うべきか、起こるべくして起こったとしか言えないけど・・・」
少年はバスの後ろ扉近くに乗っており、廻りの隙間と言えば、背負っているランドセルの分だけ。
廻りをセーラー服の女子小学生や制服姿の女子中学生に高校生にサンドイッチにされて、駅から学校へ運ばれてくるのだ。その際、運が悪く降車する際に、押されて後ろ向きに頭からバスから落ちたのだ。
少年に落ち度はない。本来ならすぐに救急車を手配して、病院へ運ぶべきだったのだが、歩道に横たわらせていたのを、彼を知っている上級生が学校の保健室まで背負ってきたのだ。
保健室のベッドに横たわらせている間、薄い敷居の向こう側では、醜い大人の争いが演じられていたのだ。
「責任は学校側にある」
「いや、バス会社だ・・・」
そんな争いが延々と行われている中、保健室と用務員を兼ねている学校の敷地内に住みこみで働いている用務員のおばさんが怒鳴りつけたのだ。
「この子を先に病院に運ぶのが先でしょう!」
「そうだった・・あの時は俺・・・ただ。うろたえていただけっだったもんな!今度は守ってやらないと・・・」
救急車を呼ぶかどうかでバス会社と学校側がまた揉めた。それを聞いていたのだろう。少年は、救急車は嫌だと言ったのだ。きっと少年はバス会社や学校側に迷惑を掛けたくないと思ったのだろう。子供のくせにそう言う点は大人たち以上に考えている少年だった。
まあ、結局、嫌気のさした少年の父親が入院費等を支払ったが、あれはバス会社や学校側が払うべきものだった。少年は、バス会社の車で小さな個人経営の病院へ運ばれて行った。学校側からは“公傷扱い”とされ、彼は休み扱いにはならなかった。バス会社と学校側の溝は深まり、学校行きのバスは学校内の旋回を拒絶され、廃止に追い込まれたのだ。
男性教師はいつでも声を掛けられる様、彼が自宅へ戻るまで、見送るつもりだった。
その頃、少年は空いているにも関わらず、バスの椅子に腰かけないで駅までやって来ていた。
学校では、身体の不自由な方や病気の方がいるかもしれない。元気な子供たちは椅子に腰かけない様に教育していたのを忠実に少年は守っていた。
「ありがとうございました。」
少年は、バスを降りる際にランドセルからぶら下げた定期券を見せ、整理券をバスの料金箱に入れていた。
学校では、降りる際にちゃんと挨拶する様に指導しているわけだから、それ通り忠実に行っているわけだ。
バスを降りた際、もう一度深々とお辞儀をしながら、・・・

「ありがとうございました!」
もう一度運転手に挨拶をした。運転手もそれに答えて何かを言っているらしいが、ここからでは聞き取れない。軽くクラクションを鳴らすとバスは次のお客を乗せるべく、バス停へ走っていった。
「俺の思い過ごしだったか?・・・あれ?あいつ・・何してんだ?」
その頃、少年は自分が降り立った駅前のロータリーをグルリと見渡していた。まるで、目に焼き付けるkの様に見ていた、
「声かけるべきか・・・な?」
少年に声を掛けようとした瞬間、少年の足取りは重く、駅ビルの中へ消えて行った。
「あいつ・・・寄り道するな!と言ったのに・・・まあ・・・文房具屋か本屋でも行ったかな?」
男性教師の予想は的中したと言えば敵中していた。少年はレポート用紙を一冊買っていたのだ。
「そうか・・宿題出したんだっけ・・理科のレポート。あいつどんなこと書いてくるかな?楽しみだ・・・」
理科室の責任者を任されている男性教師。理科の実験では、他の先生方の代わりに他の学年も教えるほどだ。
「しかし・・あいつほどバラエティーに富んだのも珍しいな・・・」
図工の先生によれば、水彩絵の具を使い、油絵調に仕上げる山の絵は、素晴らしいと言っている。
社会だって・・他の生徒が覚えるのを苦労している部分だって、興味を持っているのかすらすら覚えてしまう。
まるで、真綿が水を吸収するみたいにだ。普通の小学生が使う様な地図帳じゃなくて、何でもお年玉で買ったとか言う地図帳を持ってきている。統計とかの資料だって大人でも理解が難しいのに、こっちが勘弁してもらいたいくらい突っ込んだ質問をしてくる。算数だって難しい問題を出しても、常に満点近い数字を叩きだしている。
理科だって助手を務めさせたいほど、薬品はおろか備品に至るまで、おろそかには扱わない。
「まあ・・だから、あいつには、理科準備室の掃除を安心して任せられるのだが・・・」
そう呟きながら、更に重くなった足取りで改札口で挨拶をしながら、ホームへ上がって行く少年に気付かれぬ様にそっと後ろを付いて登って行った。
少年は、ベンチに腰掛けると、買ってきたレポート用紙を広げ、ランドセルから筆箱を取り出し、中の鉛筆をとりだすと、何やら考えこみながら、レポート用紙に文字を刻みこんでいたのだ。

「あいつ・・もう宿題やり始めたのか?」
男性教師は知るすべがなかった。少年が刻んだ文字がたった5文字を大きくレポート用紙に書き、自分の名前をその横に書いていたのだ。

サ・ヨ・ウ・ナ・ラ

第一章 お情けを受けているくせにと言われた子供へ続く。
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コメント 2

livly-cu

少年時代のオストドさんの物語が始まったんですね!!
これまで短編的に伺ってた事が、とうとう物語として登場しましたね。
ちょっと辛い話だと分かってるだけにドキドキします。
でも次回の話も心待ちです。この後、どうなるのかしら;
楽しみと言ってしまうのは、どうかな~と思いますが
でも楽しみにしてます~( ̄m ̄〃)

by livly-cu (2010-07-22 20:50) 

inacyan

プロフィールが骨格で、小説が肉付けでしょうか?
どうなっていくのでしょう・・(o^_’)b
by inacyan (2010-07-23 13:47) 

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