飛んで!飛んで!飛んで!飛んで!イスタンブール! ② [2010 夏 イスタンブールの旅]
第一章 旅立ち前の大仕事? -オストド脳神経科と神経科へ行く-
オストドの会社の社長。つまり、オストドを“コキ使う張本人”でもある。お父様の様子がおかしい。
まあ、元々“常人離れ”をしている人で、主語・述語をぶっ飛ばす人だった。
おかげで、トンチンカンな答えをしてよく怒鳴られたものだったのだが、どうもここ数週間、様子がおかしい。
元々と言えばそうだけど、とうとうプッツンしてしまったのかもしれない。
おかげで、面白い話やネタも沢山仕入れる事が出来たし、聖人君子みたいな人?と思っていたのは
とんでもない大間違いだと言う事も解ったのは、良いとしても“身内”だけならまだしも、お取引先にまで
迷惑を掛け始める様では、そろそろ“引導”を渡すしかない。まあ、最後に燃え残っていた導火線に
着火したのは、オストドの一言であろう。「会社辞めます!もう疲れました!」かもしれない。
どうやら、オストドの旅行中に脳神経科に通うとのことなので、病院の先生に本人には、ナイショで
相談に行く事にした。親族にも連絡をし、協議の結果「病院に収容してもらうしかない!」
全員の意見が一致したのである。実の子以上に手間を掛けさせ、お金も使わせてきた身としては、
少々、辛い面もあるが、本人のためでもあるし、会社のため、そして働く多くの社員である職人’s
そしてその家族。協力企業の人々の生活を考えれば、実害のない最後の花道を用意せねばならない。
そのために、急遽12日から休暇に入る事に表面上しておいて、脳神経科へ赴いたのである。
まあ、オストドが受診をしたら、多分、旅行にも出発させて貰えず、鉄格子の取りつけられた
“病室という名の監獄”へ放りこまれる恐れは十二分にある。
取りあえず、脳神経科の先生に相談をして、精神安定剤を処方してもらう事にした。
これは、オストドが自宅へ届けた“痛み止め”として服用させる事にしたのである。
まあ、この作戦は薬袋を捨て忘れ、失敗に終わったと、帰国後に聴かされることになるのだけど
その後、神経科つまり・・昔で言うところの精神病科のカウンセラーと打ち合わせをする。
どう転んでも、神経の病らしい。これで、根回しは完了したつもりだった。
脳神経科へ診察に訪れたら、緊急MRI→神経科受診の道筋をつけた。
「これも、本人の為だよな!」と自分に言い聞かせることにした。
もしかしたら、オストドの旅行中に“静養”名目で隔離されることになるかもしれない。少々後ろ髪を
引っ張られる思いだが、この休暇を逃すわけにはいかない。代わりにオストドが病院になるのか?
刑務所になるのか知らないが、収容されかねない程、精神的にも肉体的にも、目に見えるダメージと
目に見えないダメージを追っている。
「気にしなくていいから、旅行楽しんでおいで!」
そう言ってくれた従姉には、感謝しなければならない。
言葉に甘え、ついでに買い物に付き合って貰う事にした。何しろ、一時だけ!そう一時的にはである。
細くなっていたハズのウエスト。いつの間にかまた元に戻ってしまったのだ。
「けっ!こんなズボンもういらないよ!」 そう言って投げ捨てたズボンの怨念かもしれないし、
ストレスによるものか?どうも腰回りがキツイ。
従姉に見立ててもらい、ユニクロでズボンを一本購入して、その場で裾上げをしてもらう。
その間、従姉にはまるで着せ替え人形の様に、あれやこれやと着せられたが、どうもヤクザか
父っちゃん坊やか・・場末の飲み屋のポン引きにしか見えない服ばかりである。
所用?を済ませ、JRに乗りこむ。駅に着いたら土砂降りの雨。まあ、少々懐が温かいので、
タクシーに乗りこみ、長距離飛行前(旅行前)の最終整備(治療)を受けるべく、ドック(病院)へ向かう。
鍼治療を受け、念のため、消炎剤のクリームを一個分けてもらい、自宅へ戻った。
この時点で午後5時近く。まだ荷造りがひとつもされて居ないとは、知らなかったのだが、
「何時に出発する?」
「出来れば午後7時過ぎには、家を出たいよね!」
「解ったわ!」
そう言うなり、メストド1号は古回転じゃなくて、フル回転でスーツケースとキャリーバックに荷物を
放りこみ始めた。今夜発の飛行機でなくて良かった。これからもなるべく前泊をしようと心に決める。
それでもPM7時すぎには、自宅を出発できたわけだから、伊達にツアコンの妻をやっていたわけでは
ないらしい。メストド1号の頭の中には、何をどれだけ持って行けばよいのか?
既に出来上がっていたのである。
PM7:20 自宅を出発。一路、幕張ICを駆けあがり、幕張PAで夕食。
それでも、成田ICを駆け降り、今夜の目的地である。成田ヒルトンホテルへ到着したのは、PM8:15.
ホテルの駐車場に車を放りこみ、HHオーナーズカウンターでチェックインの手続きを行う。
二人で1泊9000円の料金で、12階。しかもエアポートビューの部屋。1223をアサインされる。
駐車料金は一泊200円だから、1200円を帰る際に払えばいい。
最初から使う気はないのだけど、フィットネスクラブの利用券と朝食券を渡される。
まあ、ここにはエグゼクティブラウンジはないのだから、その代わりののだけれど・・・
PM10:30 明日は長い一日になる。イスタンブールのホテルへ辿りつくまで、約37時間
今日は早目に“いつものお薬”(そう言われて渡される・・寝るためのお薬)を飲み、
意識朦朧となりそのまま・・頭の中身だけは一足先にイスタンブールへ飛んで行った。
第二章 ファーストフライトは、A380に乗って・・・へ続く。
オストドの会社の社長。つまり、オストドを“コキ使う張本人”でもある。お父様の様子がおかしい。
まあ、元々“常人離れ”をしている人で、主語・述語をぶっ飛ばす人だった。
おかげで、トンチンカンな答えをしてよく怒鳴られたものだったのだが、どうもここ数週間、様子がおかしい。
元々と言えばそうだけど、とうとうプッツンしてしまったのかもしれない。
おかげで、面白い話やネタも沢山仕入れる事が出来たし、聖人君子みたいな人?と思っていたのは
とんでもない大間違いだと言う事も解ったのは、良いとしても“身内”だけならまだしも、お取引先にまで
迷惑を掛け始める様では、そろそろ“引導”を渡すしかない。まあ、最後に燃え残っていた導火線に
着火したのは、オストドの一言であろう。「会社辞めます!もう疲れました!」かもしれない。
どうやら、オストドの旅行中に脳神経科に通うとのことなので、病院の先生に本人には、ナイショで
相談に行く事にした。親族にも連絡をし、協議の結果「病院に収容してもらうしかない!」
全員の意見が一致したのである。実の子以上に手間を掛けさせ、お金も使わせてきた身としては、
少々、辛い面もあるが、本人のためでもあるし、会社のため、そして働く多くの社員である職人’s
そしてその家族。協力企業の人々の生活を考えれば、実害のない最後の花道を用意せねばならない。
そのために、急遽12日から休暇に入る事に表面上しておいて、脳神経科へ赴いたのである。
まあ、オストドが受診をしたら、多分、旅行にも出発させて貰えず、鉄格子の取りつけられた
“病室という名の監獄”へ放りこまれる恐れは十二分にある。
取りあえず、脳神経科の先生に相談をして、精神安定剤を処方してもらう事にした。
これは、オストドが自宅へ届けた“痛み止め”として服用させる事にしたのである。
まあ、この作戦は薬袋を捨て忘れ、失敗に終わったと、帰国後に聴かされることになるのだけど
その後、神経科つまり・・昔で言うところの精神病科のカウンセラーと打ち合わせをする。
どう転んでも、神経の病らしい。これで、根回しは完了したつもりだった。
脳神経科へ診察に訪れたら、緊急MRI→神経科受診の道筋をつけた。
「これも、本人の為だよな!」と自分に言い聞かせることにした。
もしかしたら、オストドの旅行中に“静養”名目で隔離されることになるかもしれない。少々後ろ髪を
引っ張られる思いだが、この休暇を逃すわけにはいかない。代わりにオストドが病院になるのか?
刑務所になるのか知らないが、収容されかねない程、精神的にも肉体的にも、目に見えるダメージと
目に見えないダメージを追っている。
「気にしなくていいから、旅行楽しんでおいで!」
そう言ってくれた従姉には、感謝しなければならない。
言葉に甘え、ついでに買い物に付き合って貰う事にした。何しろ、一時だけ!そう一時的にはである。
細くなっていたハズのウエスト。いつの間にかまた元に戻ってしまったのだ。
「けっ!こんなズボンもういらないよ!」 そう言って投げ捨てたズボンの怨念かもしれないし、
ストレスによるものか?どうも腰回りがキツイ。
従姉に見立ててもらい、ユニクロでズボンを一本購入して、その場で裾上げをしてもらう。
その間、従姉にはまるで着せ替え人形の様に、あれやこれやと着せられたが、どうもヤクザか
父っちゃん坊やか・・場末の飲み屋のポン引きにしか見えない服ばかりである。
所用?を済ませ、JRに乗りこむ。駅に着いたら土砂降りの雨。まあ、少々懐が温かいので、
タクシーに乗りこみ、長距離飛行前(旅行前)の最終整備(治療)を受けるべく、ドック(病院)へ向かう。
鍼治療を受け、念のため、消炎剤のクリームを一個分けてもらい、自宅へ戻った。
この時点で午後5時近く。まだ荷造りがひとつもされて居ないとは、知らなかったのだが、
「何時に出発する?」
「出来れば午後7時過ぎには、家を出たいよね!」
「解ったわ!」
そう言うなり、メストド1号は古回転じゃなくて、フル回転でスーツケースとキャリーバックに荷物を
放りこみ始めた。今夜発の飛行機でなくて良かった。これからもなるべく前泊をしようと心に決める。
それでもPM7時すぎには、自宅を出発できたわけだから、伊達にツアコンの妻をやっていたわけでは
ないらしい。メストド1号の頭の中には、何をどれだけ持って行けばよいのか?
既に出来上がっていたのである。
PM7:20 自宅を出発。一路、幕張ICを駆けあがり、幕張PAで夕食。
それでも、成田ICを駆け降り、今夜の目的地である。成田ヒルトンホテルへ到着したのは、PM8:15.
ホテルの駐車場に車を放りこみ、HHオーナーズカウンターでチェックインの手続きを行う。
二人で1泊9000円の料金で、12階。しかもエアポートビューの部屋。1223をアサインされる。
駐車料金は一泊200円だから、1200円を帰る際に払えばいい。
最初から使う気はないのだけど、フィットネスクラブの利用券と朝食券を渡される。
まあ、ここにはエグゼクティブラウンジはないのだから、その代わりののだけれど・・・
PM10:30 明日は長い一日になる。イスタンブールのホテルへ辿りつくまで、約37時間
今日は早目に“いつものお薬”(そう言われて渡される・・寝るためのお薬)を飲み、
意識朦朧となりそのまま・・頭の中身だけは一足先にイスタンブールへ飛んで行った。
第二章 ファーストフライトは、A380に乗って・・・へ続く。
幕張P.A. 綺麗になりましたよね!あそこに お使いモノを買いに行くこともあります。^^にゃはは
お父様心配ですね。大事に なりませぬように 願っております。☆
by ゆうのすけ (2010-08-23 22:47)